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断酒して得られる「感覚」とは? [断酒]

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昨日の神戸はとても暖かく、
一気に春の訪れを感じた

やはり、春の日差しは気持ちが良い

なんだか理由もなく華やいだ気分になる

そんな気持ちのよい日中であったが
酒の事は全く考えもしなかった

飲んでいた頃なら、
軽く一杯引っかける誘惑にかられ
間違いなく、飲んでいただろう

しかし昨日は、酒に関することは
少しも考えず、また感じもしなかった

酒など飲んでいなくても、
当たり前だが、春の日差しは気持ちが良い

飲んでいない状態の方が、
より瑞々しい感覚で春の雰囲気を味わえるように思う

飲んで酔うと、春の雰囲気を
本来の意味で感じられないのではなかろうか

なぜなら、酔ってしまうと頭がどんよりするからだ

最近は本当に、「どんより」の感じがイヤだなぁと思う

酒を飲んで感じる、どんよりとした気分

一方、全く飲まないすっきりした状態の気分は
爽やかな透明感のようなものがある

この感覚が、堪らなく良い!

今日も一日断酒で

いい一日を!

ビタミンと心の関係! [コラム]

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最近、調子がいい

心の方だ

深刻ではないが、最近、少し
「やる気」の問題に悩まされていたのだ

通院していた専門外来ではなく
近くの心療内科に試しに行ってみることにした

そこで処方された薬が意外な効果を発揮していると感じている

面白い事に、処方された薬は2種類だが
両方が、いわゆる向精神薬として作られた薬ではない

1つはビタミンBで、これは薬とはいえない

もう1つの薬は胃薬として使われていたのだが
精神的な効果が認められて精神薬として使われだしたそうだ

個人的な感覚だが、ビタミンBの方により効果を感じている

なんというか、頭がすっきりした感じになるのだ

量はほんのわずかなのだが、こんな少量で
自然な落ち着きが得られるので不思議だなぁと感じる

薬はあくまでも薬であり、副作用が必ず発生する

だから、もう1つの薬はなるべく早く卒業したい
といっても、まだ1週間しか服用していないが・・・

ビタミンBは、服用を続けていきたいと思っている

これから、他の微量栄養素について
もっと調べて自分の身体で実験してみたいと思う

いつも冴え渡る頭と落ち着いた精神状態を保ちたいからだ

この状態を保つには、基本的に
断酒は必須なのは間違いないだろう

適正飲酒していても、酒が入ると
冴え渡る感覚は必ずなくなるからだ

やはり、適正飲酒ができていても
酒は飲まない方が良いと強く思う

今日も一日断酒で

いい一日を!

アル中になってしまった事実! [断酒]

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なぜ、自分がアル中になってしまったのか?

この原因についてはあまり掘り下げる必要はないと思う

あまりに深掘りすると、自己嫌悪や
自己憐憫に陥る危険性があるからだ

病気になってしまった事実は事実として受け止めて
どのように生きれば良いのかを考える方が建設的だ

なってしまったものは、仕方が無いのである

同じように大酒を飲んでもアル中にならない方もいる

しかし、なぜ自分がアル中になったのか?と
問う事は不毛のように思う

アル中である事を完全に
受け入れると、違う世界が見えてくる

酒、酒、酒・・・・

かつての私はそうだった

だが、酒の無い生活の方が遥かに素晴らしい!

アル中は潔く、酒を断つしかないが
その結果、全く飲めないからこそ味わえる
豊かな世界があるのだ

飲めないからこそ、
この豊かさが味わえるのだ

私の場合は、アル中になって良かったのだ
心底、そのように実感している

今日も一日断酒で

いい一日を!

「飲めない」?「飲まない」? [断酒]

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「飲めない」と「飲まない」

酒が飲める能力(アセトアルデヒド分解酵素を持つ)がある人間が使うべき言葉

それは、「飲まない」だ

一方、酒を飲む事ができない人間が使うのが「飲めない」だ

かなり以前の話だが、酒を全く飲めない上司が
ドヤ顔で「オレは酒を飲まないからな!」と発言した時
こう思ったものだ

「飲めない、だろ」、と(笑)

酒を飲めない事を、本心では恥ずかしいと
感じているから見栄を張りいたいのだなー、そんな風に思ったものだ

日本社会は飲酒文化に染まっている

だから、飲めない事は恥ずかしい事と
「洗脳されている」方はかなり多い様に感じる

別に飲めない事は恥ずかしい事でもなんでもないのだが・・・

アル中の場合は、どうだろう

アル中は、肝臓の機能は変わってないのだが(肝硬変は除く)、
脳が「下戸」になってしまっている状態だ

だから、「飲めない」あるいは
「飲めなくなった」が正解だ

飲んでも飲んでも脳が満足しないので
やがては身体のどこかが壊れてしまう

堂々と「飲めない!」もしくは
「飲めなくなった!」と言おうではないか

今日も一日断酒で

いい一日を!

アル中、万歳! [断酒]

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アル中は一生、アル中

この事実だけは忘れはならない

一生飲めない・・・

その事実に対して、どう感じるかが、
断酒生活の鍵を握っているように思う

私は一生飲めない事を
「良かった」と感じている、今は

この「今」はポイントかも知れない
なぜなら、心はころころ変わるからだ

ともかく飲めない事を
本当に良かったと感じているのは事実だ

適正飲酒ができる状態なら、酷い二日酔いになったり
数多くの危険な状況に出会う可能性が高くなる

だが、「飲めない」から酒が絡んだ
イヤな事は絶対に起きない

それを思うと、なんだか清々しい気分になるのだ

あんな毒物を身体に入れる必要性など、そもそもないし
アル中であるが故に、その誘惑を完全に断ち切る必要性がある

中途半端に飲める身体なら、ちょくちょく飲んで
酒にやられてしまう可能性があるのだ

アル中だから「完全無欠」で酒を断たなければならない

だから、いつも心身を快適なコンディションに保つ事ができる

これが何より素晴らしいと思える

だから、私の場合は、アル中になって「良かった」のだ

アル中になれたからこそ、自然に生きる事ができている

アル中、万歳!

マジで言えるかな(笑)

今日も一日断酒で

いい一日を!

断酒と微妙な心の問題! [断酒]

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酒に対する感受性って本当に違うのだなぁ・・・

>やばいです!!
まだ心動きます(@ ̄□ ̄@;)!!

昨日のブログ記事で、よくコメントを書いてくださる
あっちゃんの書き込みを読んで、そう感じた次第だ

彼女は断酒して、1年以上が過ぎている
だが、まだまだ油断ならないようだ

この、酒に対する心の動きというのは
人によって、実に様々であるようだ

私の場合は、断酒1年で
ほとんど酒には無関心になりつつあったが
酒に対して心が動く動かないは
あまり本質的な問題では無いように思う

飲みたい、という心の動きがあっても
飲まなければ別に問題は無いのだ

しかし、酒に対しての感じ方が
「自然と」無関心になれば非常にラクではあると思う

この感受性の違いがどこから来るのかは不明だ

何とか解き明かして、上手く説明できれば良いのだが
微妙な心の問題は理屈では無いという気もする

全ての仲間がすっきりした気分で
断酒生活を送ることができれば最高なのだが・・・

時間的な問題だけでは無いのかもしれない

時間の存在は大きいとは思う
だが、10年近く断酒してても未練が残っている方もいる

違いはどこから来るのだろう・・・

人生観、価値観といった事だろうか・・・

今日も一日断酒で

いい一日を!

酒に対する感受性! [断酒]

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今、目の前にどんな酒が来ても
飲もうとは思わないし、飲みたいとも感じないだろう

朝の落ち着いた時なので、
状況が変われば別なのかもしれない

しかし、日常で生活していて
酒に対して、特に心が動く事は無いのだ

あんなに好きだったシャンパン

かつては、あんなに素敵に感じていたのに
今では、その絵を想像すると、
少し嫌悪感が出る感じになっている(笑)

うわぁ・・・、もうエエかな・・・

そんな感じだ

酒に対して感受性がこんなにも変わったのだ

もし、好きな酒の事を想像して
少しでも心が動くようなら、
まだまだ断酒は危険な段階にあるのかもしれない

酒に対する感受性

これには今後も注目し続けたいと思う

今日も一日断酒で

いい一日を!

自分に最適な断酒の方法とは? [断酒]

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どんな物事でも、正しい方法と
そうでない方法があるように思う

仕事、勉強、犬のしつけ、ギター、料理

英会話、などなど

どれも正しい方法と手順で行えば上達は早い

断酒もそうだ

私は2回めの入院の時に、自分にとっての
「正しい」断酒の方法を考えた

1回目の入院の後、たった一人での断酒に失敗して
断酒には、戦略と戦術が必要だと痛切に感じたのだ

じっくりと考えた後、出た結論は、
専門医と仲間が必要ということだった

退院後、すぐに行動して安定した断酒ができるようになった

自分でじっくりと考えて何が必要か、見極めて
適切な行動を取ったから結果が出たのだと思う

断酒の方法はいろいろとある

だが、自分に最適な方法は自分で見つけるしかない

専門医や仲間が不要な方もいるかもしれない
その判断は自分でしかできない事だ

自分に一番合った断酒の方法とは?

時間がある時に一度、じっくりと
考えてみることをオススメする次第である

今日も一日断酒で

いい一日を!

自分を信じて断酒しよう! [断酒]

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今、断酒していて不安を感じている方へ!

安心して頂きたい

私もそうだったが、

「飲んでしまうのでは?」

「飲んだらどうしよう・・・」

そのような不安は杞憂であった

不安の90%以上は、
実現しないと言われている

そして、断酒に関する私の不安は実現しなかった

「絶対に飲まない!」

私は、そう決めていたし、同じような
決意を持っている仲間は上手く断酒できている

結局は自分次第なのだ

自分の決意が確かならば
飲むことは無いのだ

だから、断酒に不安があっても大丈夫

自分を信じて淡々と断酒して頂きたい

今日も一日断酒で

いい一日を!

「こだわり」と断酒! [断酒]

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「常識」

世間的な意味での、いわゆる「常識」

この考えというか、規範という存在は
思ってる以上に大きな影響力があるように感じる

~しなければならない

~すべきだ

日本人として生まれた私は、おそらく
日本的なモノの見方や考え方に偏っているだろう

それが良いとか悪いとかではない
事実としてそうだろう

日本や他の国の人間でも同様だが
固有の「常識」に縛られすぎると
かなり窮屈な生き方を強いられるかもしれない

個人でもそうだが、男性、女性という
性に特有の縛りも大きな要素だ

それらが「こだわり」を生み出す素となるのではないか

長年断酒していてもこだわりの強い仲間は
飲めなくなった事に、いつまでも固執しているように感じられる

飲めるのが「常識」と考えているからだろう

しかし、飲めるのは「常識」ではない
アセトアルデヒドを分解できるのは、
日本人の半分なのだ

「こだわり」が強いかどうか?

この辺りも断酒生活が、快適に
過ごせるかどうかの鍵になってくるのではないか

そんな風に思えてならない

今日も一日断酒で

いい一日を!