So-net無料ブログ作成

言語化の大切さ! [コラム]

6654bccb7c3cdb2760711bcd12d908a8_s.jpg

酒と自分との関わり、関係性を

毎日ブログに書いている

心の中を見つめてコトバにしているわけだが

毎日、一定の時間、心を「観る」

この行為が、断酒には不可欠の要素に思えてならない・・・

ひたすら酒との関係を「観る」

自分と酒との関係

自分自身の酒の歴史を振り返ることは
断酒継続には重要だと思う

それらを反省材料とするのもいいが

ただ、自分と酒との関わりを「観る」
だけで良いのではないか、と最近、気づいた

できるだけ冷静にただ、「観る」

飲んでいたときの感情の動き
いい想い出、悪い出来事

それらをただひたすら「観る」

そして、それらのことをコトバにする

自助Gに参加していれば、話し言葉で
ブログを書いていれば、書き言葉で

それぞれ、自分だけのコトバでカタチにするのだ

そうすることで、酒に関してのいろんな事柄が
ハッキリとしてくるのだ

酒を飲んだら、「ふわーー」っとした心地よさは
ほんの30分ほどであろう

あとは、何だか惰性というか
ダラダラの時間が続くだけだ

飲む状況が、どんなことであれ、
それは大して変わらない

自分自身のことを振り返って頂ければ、
おそらく同じ感覚を持って頂けるであろう

酒害だけにこだわらず、楽しい酒も
思い返してみれば、楽しいひとときは
そんなに長くはないハズだ

そして、楽しいことは、酒が無くても楽しいのだ
子供の頃を思い出せば、それは明らかなことであろう

酒に関する楽しい想い出は
「幻想」で酒が無くても楽しかったはずである

私は自分の酒にまつわる楽しかった事を
振り返ってみたが酒は関係なかったように思う

楽しいことに、酒が加わっていた「だけ」のように思える

言語化の大切さ

私がブログを書くキッカケとなったのは

のみすけさんのブログ

酒をやめてhappyになろう!に影響を受けたからだ

初めのうちはたまーーに、コメントを入れるだけであった
そのうちに常連となり、頻繁にコメントをするようになった

そして、コメントを書き込む内に、
酒との関係性を言語化する、という意味で
自助Gに参加していることと
「似ている」、と感じられるようになっていった

そして、文章化することの方が、
より自分の考えを簡潔にまとめる必要があり
自分の内面を「観る」訓練にもなる

「酒との関係性を語ること、聴くことは

断酒継続には欠かせない」

アルコール専門外来で学んだことだが
自分の体験からも、その通りだと思う

そして、今はネット時代

昔は自助Gに参加するしか手段はなかったが
今は、こうしてブログを通して分かち合いが可能だ

「今日1日は、飲まない!」

この宣言は、自分に言い聞かせることと
仲間へ伝えることで動機付けを強くする行為だ

独り言でももちろん構わないが
仲間と共有するほうが、ダンゼン威力を発揮すると思う

断酒に苦しんでいる、
あるいは上手くいかずに悩んでいる

そんな方は、ブログを開始するなり
このブログやのみすけさんのブログへ
書き込むことをオススメする

私は、酒に関するコメントならいつでも大歓迎である

のみすけさんも、おそらくそうだと思う(ですよね?のみすけさん)

言語化の大切さ!

「書くこと」と、「語ること」

どちらとも断酒継続には必要なことであると考える

今日も1日断酒で

いい1日を!

↓↓ありがとうございます!いつも「ポチ」って押していただきまして!↓↓
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ アルコール依存症へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ
にほんブログ村


経験から人は学ぶ! [断酒]

86aeb75aa1878ca3c05fddeae99a0ac4_s.jpg

「絶対に節酒できないから断酒しか道はない」

「一度、アル中になれば一生アル中

2度とまともに飲めるようにはならない」

これらは事実であり、真実だ

禁酒セラピーの問題点

禁酒セラピーはいい本である

酒の危険性や、「そもそもマトモに酒は飲めない」ことなどを指摘している

「こんな考えもあったのか?」と目からウロコが落ちたモノだ

しかし、やはり著者は
「軽度な」アル中であると私には思えた

「全員が初めからマトモには飲めない」という指摘は
やはり、「ちょっと違うな!」と意義を唱えたい

自分の経験から、「重度の」アル中は
本当にマトモには飲めなくなっているのだ

それは自分の経験から、強く主張できる

私が、そんな経験をしたのは
自分一人で断酒を開始した時だ

生まれて初めて救急車で運ばれて
ヘタをしたら死ぬかもしれない目に合って
断酒を決意したことは以前にも
このブログで書いた

たった一人の断酒、それは再び
あんな痛い目には遭いたくないという
決意から始まった

断酒は正月の元旦だけスリップしたが
その1日を除けば上手くいっていた

そして、7ヶ月が過ぎた頃だ

「節酒にチャレンジしよう」という考えがアタマに浮かんだ

アルコール依存症の知識が無いとは恐いモノだ

「ちょっとぐらいなら大丈夫だろう」
本当にそう思ったし、絶対にイケると確信していた

最初はビールの500缶を2本と決めた
2、3日はそれでしのげた

少しだけ節酒ができたので、自信を覚え
焼酎に切り替えた・・・

そうして、1週間もたたないうちに、
以前の大量飲酒に戻っていた・・・

今から思うと、その感覚というか
「飲み方」は普通ではなかったように思う

20代、30代の頃の感覚とは全く違う

どこか、ある時点で完全に脳がイカれていたのだ

禁酒セラピーで言う「最初からまともには飲めない」は
自分の体験から、ハッキリと、「それは違う!」と言える

大量飲酒の果てに行き着くところが、やはりあるのだ

禁酒セラピーはいい本である

しかし、アル中の定義が正確ではない

そこが、この本の問題点といえよう

経験から学べる

そんな痛い経験があったからこそ
私は断酒が上手くいったのだと思う

一人断酒の行きつく先は2回目の入院だった

そこでの入院中に、「絶対に一生飲めない」ことが分かった

理解、というよりは「悟り」と言った方が適切であろう
「全身全霊で分かった」という感じであった

「もう、絶対に飲めない!飲んだら確実に死ぬ!」
「全身の細胞レベル」に、この認識が染み透る感覚であった

その感覚はいまだに良く覚えている

飲めない事実が残念であると同時に
何かほっとした「飲まなくても良いんだ・・・」
というような安心感も覚えた

神を信じる私は、あの「悟り」は
神様が与えてくださったと確信している

あまりにも鮮やかな感覚であった

「もう、お前は充分に飲んだやろ?

もう、酒はアカンよ・・・」

神の声は聞こえなかったが
そんなメッセージが聞こえてきたような気がする

あの経験がなかったら、ここまですんなりと
断酒ができたかどうか?

それは分からないことだが、おそらくは
激しい飲酒欲求に悩まされていたのではないか?

断言できるが、2回目の「真の」底付きを経験してから
飲酒欲求は2回しか出てこなかった

TVでギネスの本場の黒ビールを見たときと
ボクシングの試合で感動したときだけだ

あまりにも飲酒欲求が無いので
ハッキリとこの2回だけと言える

完全な底付き体験のおかげで、おそらく
私はスムーズに断酒できているのであろう

経験から人は学ぶものだ

2度の底付き体験を経て、私はようやく
「マトモ」に断酒生活を送れるようになった

考えたら、あの経験で死んでいてもおかしくはなかった

神様に「まだ早い!」と言われているのだろう

断酒して、本当に良かったと
心の底から思えるし、そう感じている

何度もスリップに悩む人は
「本気で底付き」も悪くはないかも知れない

しかし、オススメはしない
本当に死んでしまう危険性があるからだ

「自分は運が強い」と自信のある方、やってみる?

やっぱり、やめておいた方がいいな(笑)

別に底付きしなくても、断酒した方が絶対に人生は良くなる

それだけは、確信を持って言える!

今日も1日断酒で

いい1日を!

↓↓ありがとうございます!いつも「ポチ」って押していただきまして!↓↓
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ アルコール依存症へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ
にほんブログ村


断酒のコダワリ! [断酒]

7f76cee4dd133b0dfc902d3c51845c73_s.jpg

仕事でも、趣味でも続けているうちに、

自分なりの方法、考えが固まっていくものだ

断酒もまた、そうだ

断酒1年

断酒も1年を迎える頃には
飲まない生活が当たり前になってきて

よほどのことが無い限り、
「飲まないであろう」という
自信が生まれてくる

心身ともに快調で
断酒生活が軌道に乗り
「今後の断酒も、なんとかなるだろう」
そのような希望的な観測も出てくる

そして、自分の断酒の考え方が
だんだん固まってくるように思う

病院や自助Gの仲間の話も
素直に聴けなくなってくるのだ(笑)

モチロン、「言いっぱなし、聴きっぱなし」の
ルールがあるので、批判的なことは言えない

しかし、心の中では、
「ソレは違うだろうーー」とか
「分かってヘンなぁ・・・」や
「このオッサン、アホとちゃうか」(笑)

などなど、アタマの中は「非難ゴーゴー」
いけないコトバが次々に「沸いて」きた

もともと、批判精神が旺盛な方だ

断酒に対するコダワリが強いために
アタマの中は大忙しで
仲間の批判を繰り広げていた・・・

断酒1年の頃

それは自信と同時に、「コダワリ」が
強固になりつつあった時期であった

無くなりつつある「コダワリ」

断酒に対する「コダワリ」

まだ、少しはあるように思う

ただし、もはや断酒1年頃のような

「~でなければならない」
「~べき」
このような考えはほとんど無い

「結果オーライ」というコトバがあるが
酒が止まってるんなら、
「エエんとちゃう?」と考えるようになった

どんな方法であれ、断酒は断酒
続けていくことに意味があり価値がある

「飲まない」こと、そのものに価値があるのだ

「飲まない」ことで、心身の快適は約束される
幸福への第一条件がそこで整う

「飲まない」だけでいいことだらけなのだ

専門病院へ通院する、しない

自助Gへ参加する、しない

抗酒剤を服用する、しない

断酒1年の頃はそれこそ、上へ書いたことを

「あーでもない、こーでもない」と
アタマの中を「ひねくり回して」
リクツをこねていたモノだ

しかし、もはやそんなことはどうでも良くなった

とにかく酒が止まっていればそれでいいのだ!(バカボンのパパ風)

考えてみれば、「酒キチガイ」の人間が
「酒が止まっている」、そのこと自体が奇跡ではないか?

酒が止まっているだけで、「オオゴト」なのだ

酒が止まっている理由を
どう考えようと、どう解釈しようと
そんなことは、どうでもいいのである

手段はどうでもいい、結果が出ればいいのだ

しかし、基本中の基本である
「なぜ、酒が止まらないのか」
ここだけは完全に理解しておく必要がある

そうでないと「いつか飲めるカモ・・・」
妄想が生まれる原因となる

酒を止める手段は何でもいいとはいえ
最低限の知識は必要である

まあ、考えてみれば仕事もそうだ

結果が出ているのには理由がある
正しい方法で行動するから
正しい結果が出るのだ

酒も止まり続けるのには理由があって
「その人なりに」正しい断酒をしているから
結果が出ているのだ

「こだわる」ということではなく
自分なりの「断酒の道」

楽しみながら「織り上げて」いきたいものだ

今日も1日断酒で

いい1日を!

↓↓ありがとうございます!いつも「ポチ」って押していただきまして!↓↓
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ アルコール依存症へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ
にほんブログ村


アル中が断酒しなければならない、たった1つの理由! [断酒]

a4e27c8ba2acf275350edf07d1a65508_s.jpg

断酒の決心をするまでには

人それぞれ、いろんなドラマがあるだろう

酒と人との関わりは、人の数だけ存在する

そして、様々な道のりを経て、人は断酒を決意する

断酒しなければならない理由は1つ!

酒の飲み方に問題がある
どんな問題かは人によって違う

具体的には自分自身、それから他人に問題を起こす

問題は、それこそ「幅広く展開」されるだろう

自助Gや病院で聴く仲間の体験談で
酒害の多様性を知ることができる

本当に、驚くほどの「バリエーション」だ

フクザツで、人それぞれに個性あふれる
酒の飲み方があり、その結果
「リッパな」アル中ができあがる

アル中に至った経緯は人の数だけ道がある

しかし、絶対に飲んではいけない理由はたった1つだ

それは、絶対にコントロール飲酒ができない!

節酒できない!、という事実だ

飲んだら確実に、以前の状態に戻る

絶対に、「適度」には飲めない

だから、断酒しかないのだ!

絶対に飲めない事実

「絶対に節酒できない事実」については
このブログでも何度も書いてきたと思う

何度も何度も書く理由は
多くの仲間が、この一番重要で、本質的な事が、
しっかり理解できていないように感じられるからだ

教育プログラムでさんざん聞かされても
本やネットの情報で読んでいても
徹底的に「ハラの底の底」まで
その理解が落とし込まれていない

断酒仲間の酒に対する話を聴いていて
断酒しなければならない「たった1つの理由」を
ハッキリと語る仲間が非常に少ないのだ

当たり前すぎて、「言わずもがな」ということなのだろうか?

しかし、多くの仲間と話したが、
どうやら、そんなことではなさそうだ

この根本的な理由が完全に分かってない
仲間が多すぎるように思えるのだ

だから、長期間断酒していても
「気の緩み」で飲んでしまうのではないだろうか?

「絶対に節酒できない事実」を
それこそ、「細胞に浸透させる」ぐらいの
理解、認識が必要ではないだろうか

私は、絶対に断酒できない事実を
自分なりに深く理解し、認識している

「自分なりに」ということがポイントだと思う
別に学者ではないのだ

しかし、誰に対してもアル中の病の本質を
カンタンにズバリと説明できなければ
話にならない

私はアル中という病が「誤解と偏見」
だらけであることが充分に分かっているので

人に酒を勧められても自分が「アル中」とは言わない

「酒、飲んだら止まりませんネン、ドクターストップですわ!」

これを聞いたら、ススメル人の全てが何も言わず
特にけげんな表情を浮かべることもない

「飲んだら止まらない」たったこれだけが飲めない理由だ

AAの本の中でこんなフレーズがある

「If I drink, I will die・・・」(もし飲んだら、死ぬ・・・)

このフレーズはかなり印象に残っていて未だに良く思い出す

AAのイングリッシュミーティング中に
出会った一文だ(英語がペラペラなわけではない(笑)

飲んだら、確実に「以前の状態に逆戻り」

これだけは、絶対に忘れてはならない「真実」だ!

今日も1日断酒で

いい1日を!

↓↓ありがとうございます!いつも「ポチ」って押していただきまして!↓↓
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ アルコール依存症へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ
にほんブログ村


断酒も初心忘れるべからず! [断酒]

1881f6ecd6e6b7975d0b4c1f7b01b6aa_s.jpg

断酒を開始したばかりの頃は、

酒のことを常に意識していたように思う

飲みたい、とかではなく、スキを作らないためであった

「酒の無い生活、世界」

今まで、生きていて、酒はいつも側にあったし

何かがあっても、無くても常に飲んでいた・・・

未知の世界

そんな生活を180度変えるのだ

「絶対に、酒を飲まない!」

決意は100%であったが
酒の無い生活なんて経験したことがない

これは、不安であった

その不安を紛らわすために
常に、最悪の状態を想い出すようにしていた

「もし、飲んだら、あんなことになる」

あの、最悪の体調の悪さ、救急車で運ばれて
処置されたときの強烈な痛み

それらは、決して再び味わいたくないものだ
そんな苦い記憶が不安を打ち消すモノとなった

そして、医師や同じ病の仲間の存在

特に同じ時期の仲間とは、共通する不安が多く
また、断酒の先輩にも同じような経験を持つ方が多くいたので

心身の不調など、共通する体験を聞くだけで
大いに心が安らいだものだ

私が相談していたベテランのワーカーさんは
「妊婦」の例えで、断酒の先輩の
経験談の大切さを語っていた

「初めての妊娠って、物凄く不安なんです

だから、妊娠の経験のある方の体験談はためになるのです

断酒も同じですよ、先輩に聞くことで

不安は安らぐものです、だから自助G参加が勧められるのです」

この妊婦の例えは、非常に分かりやすい気がする

初めての事、経験の無い不安だらけの状態

そんな時には、やはり経験者の声が一番頼りになるのだ

そんな不安だらけの時には、やはり同じ病の仲間の存在は
とても大きいように思える

だから、断酒開始の頃は
自助G参加が強く勧められているように思う

しかし、今、私は自助Gには参加していない
AAに通っていたのだが「休学」という事にしている

断酒は一生続くので、断酒に「卒業」は無い
だから、「休学」なのだ

AAへは、2年半、通った
学んだ事は多いし、また感謝もしている

しかし、ある日、ミーティングの最中に
ハッキリと悟ったのだ

「ここは、私のいるべき場所ではないな・・・」

心の平安と共に来た感情だった
この手の直感は、だいたい当っているものだ

AAを「休学」して、約1年
断酒に対する意欲はますます高まっているように思える

酒に関する不安は、今のところ全く無い
あの直感はやはり「正解」だったように思う

いや、仲間の声を直接聴く機会がないので
かえって自分で工夫しているようにも思う

断酒も3年以上も過ぎれば、日常
酒のことを考えることは、ほとんど無い

だから、このブログを書く時間が
酒との関係を濃密に感じるひとときとなっている

「今日、1日は何が何でも飲まない!」

この初心だけは忘れないようにしたいものだ!

今日も1日断酒で

いい1日を!

↓↓ありがとうございます!いつも「ポチ」って押していただきまして!↓↓
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ アルコール依存症へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ
にほんブログ村


とにかく何が何でも飲まない! [断酒]

747465d45c246dbb2a02250e2bd506c5_s.jpg

このブログでは断酒に対する私の考え方や

感じる事を自由に書いている

毎日、直感的に思い浮かんだアイデア、

ヒラメキによって書くテーマを決めている

今日は、「とにかく飲まない!」について書こうと思う

最初の1年

通院していた外来のワーカーさんが
よく言っていたコトバ

「とにかく、何が何でも1年間は飲まない!

石にかじりついいてでも、

リクツ抜きに徹底的に突っ走ってください!」

ワーカーさんは、アル中ではない

しかし、最初の1年の重要性を
アル中の回復を間近で見続けて実感したのであろう

確かに、最初の1年を無事に乗り切った仲間は
断酒が安定しているようだ

私の実感だが、最初の1年の
節目を迎えたときには
なんとも言えない達成感があった

そして、自信もついた

ひどい底付きのおかげか
酒を飲むことには何の未練もなかったし
今も未練は無い

しかし、未練があるとか、ないとかは
問題ではないのだ

もし、仮に飲酒欲求があっても
飲酒願望があっても、未練があっても
関係ないのだ!

とにかく、リクツ抜きに酒を飲まない!

そう、決めたのだ・・・

いかなるときも酒を飲まない!

「どんなときにも、酒を飲まない!」

これは、断酒開始のときから「決めていた」

絶対に、何があっても、どんなことが起ころうとも
とにかく、飲まない!

ダンコとして、飲まない!

飲んでたまるか!

コレは、もう毎日自分に言い聞かせていた

「気がついたら、無意識の内に
自販機の前に立っていたそうです」

外来のプログラムでそんな話を
ワーカーさんに聞かされて、ビビったモノだ(笑)

しかし、今から思うとそんな仲間はごく少数だと思う

実際、そんな話は聞いたことがない

まあ、仮に、無意識の内に自販機の前に立ってたとしても
買わなければいいだけの話だ

断酒初期は、とにかく酒を徹底的に排除していたように思う

「敵に隙を見せない」

そんな感じであった

私の場合、今はそんなに「気合は入れて」いない

ただし、油断は全くしていない

長期断酒者のスリップした体験を聞いていると
彼ら、彼女たちは、本当にささいな理由でスリップしている

理由も、特に重大なことではなく
やはり一言で表すと「油断」ということになると思う

長期断酒者のスリップ体験談のおかげで
断酒に対しては、油断することなく、
気持ちを引き締めることの大切さを実感できている

飲酒欲求や、飲酒願望はいつ来るか分からない
いまのところは、全くないが

しかし、「心ころころ」とは良く言ったもので
気持ちなんてアテにはならないモノだ

しかし、「気持ち」なんて問題ではナイのだ
とにかく、「飲まない!」と決めておけば良いだけだ

そんな決意を新たにしているので、
私は酒に対する恐れは全く無い

そして、何よりも断酒生活の快適さを味わっている
これが一番大きい

ガマン、ガマンだったら続くハズもない

きれいサッパリと酒の世界を「断ち切る」
この決意と覚悟があれば断酒はカンタンだと思う

カンタンですよ、実際に
経験者の私が言うのだから、間違いなし!

ガマンの断酒を続けている人は

何かがオカシイんだと思う(気の毒ではあるが・・・)

酒の世界にいつまでもしがみついてると
いつまでも、ガマンの断酒が続くだろう・・・

たった1つ、心の底から酒を断ち切れば世界は変わる

「飲む、飲まない」、ということではなく
酒の世界が完全に、自分とは無縁だ!

そう考えられて、感じるなら

断酒は本当にラクになる

今日も1日断酒で

いい1日を!

↓↓ありがとうございます!いつも「ポチ」って押していただきまして!↓↓
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ アルコール依存症へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ
にほんブログ村


初めてのブラックアウト! [コラム]

0dfdd650c1be0570df5396956a6cad1f_s.jpg

ブラックアウト

飲んでいた時の記憶がない事を言う

昨夜、どのような話をしたか覚えていない・・・

気がついたら部屋で寝ていたが、なぜここにいるのか理解できない(笑)

などなど、アル中なら誰しも経験していることだろう

人生、初のブラックアウト

自分が何をしゃべったか
どのように家に帰ったか
それらの記憶が「ぶっ飛んで」いる状態

それがブラックアウトだ

このブラックアウト状態、
飲酒時代後期には
しばしば経験していたものだ

今日は、初めてのブラックアウト体験を書いてみたい

どんな経験も初めての事は良く覚えているモノだ

私がブラックアウトを経験したのは
確か、20代前半だった

友人の家で2人で飲んでいたのだ
状況もなんとなく覚えている

ミュージシャン志望だった、われわれ2人
音楽についてアツく語り合っていたように思う

そして、大いに飲み、かつ、食べ
おそらくは、「楽しい時間」のハズだった

しかし、翌朝、ひどい二日酔いの状態で
目が覚めたときに友人の機嫌がもの凄く悪い

こちらとしては、二日酔いの良く回らないアタマで
気分もモウロウとしている

ボーっとしていると友人は言った

「オマエ、昨日の話、覚えてるか?

あれ、何やネン!アレは許せんゾ!」

えらい剣幕で怒ってくるのだ

こちらとしては、何が何だかよく分からない

コレが人生で初のブラックアウトの経験だ

記憶が無い・・・

いくら昨夜の話を思い返そうとしても
ある時間を境に記憶の糸が「ぷつり」と切れて
記憶が完全に無くなっているのだ

コレには、自分自身、驚きだった

「覚えてない・・・」

まだ、20代前半だ
アタマの回転もキレキレで
昨夜の話を覚えていないなど
「あり得ない」ことであった

しかし、何度アタマをひねっても
出てこないモノは出てこないのだ

私は立腹する友人の叫びを聞きながら
放心状態に陥っていた

「記憶が無くなるなんて、ヤバすぎやろ・・・」

アルコール、酒の恐ろしさを初めて実感した

しかし、その後の人生で何度も何度も
ブラックアウトを経験することになるのだが
そのときには、そんな事を知るはずもなく
こう決心したモノだ

「今後、酒は、ほどほどにしておこう!」

しかし、そんな決心はすぐに忘れ去られてしまうのであった・・・

その後、しばらくはブラックアウトの経験をすることは
20代では少なかったように思う・・・

「飲んでいた時の記憶が無い」

コレは、考えたら非常に恐ろしい事である
自分の言葉に責任が持てなくなるのだ

そんな、ブラックアウトだが
断酒している今、そんな心配は
全く無用だ

酒は、本当に薬物そのもの
心身ともに悪影響を及ぼす

酒を「嗜む」って本当に大変だ

もし、仮に飲めるようになったとしても
もう、酒はいらない

「ほどほど」、なんて私にはムリだ
あの、トロンとした陶酔感には勝てそうにない

ほどほどに飲むなんて「生殺し」
やはりムリだ(笑)

「キッパリと、飲まない」

アル中にはそれしか道はないし
それが一番の幸福への道だ

「やっぱり断酒が一番良いのだ!」(バカボンのパパ風)

今日も1日断酒で

いい1日を!

↓↓ありがとうございます!いつも「ポチ」って押していただきまして!↓↓
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ アルコール依存症へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ
にほんブログ村


あきらめたら、そこで試合終了ですよ・・・ [コラム]

605a9452523434caa4c151bc80a68be2_s.jpg

「あきらめたら、そこで試合終了ですよ・・・」

このセリフに「ピン」と来る方は多いのではないだろうか?

バスケットボール漫画の名作、「スラムダンク」に出てくるフレーズだ

このコトバ、断酒にもピッタリ当てはまる気がする・・・

スラムダンク、読破してみた!

最近、遅ればせながら、「スラムダンク」を読了した(笑)

今さら感が、「めっちゃ」あると思うし
「えーーっ!?」っと突っ込まれかねない(笑)
なんせ、20年以上前のマンガなのだ

ちょこちょこと読んではいたのだが
通読はしていなかったのだ

誰に聞いても「良いよ、面白いよ!」というコトバが出る
よほどの作品に違いないハズだ

つい最近、ひょんなことから、
「そういえば読破してないな」と
気づいて、アマゾンで中古本を全巻購入した

すぐに買える、アマゾンはありがたい
やはりネット時代に感謝だ!

名作と呼ばれるのには「何か」があるハズ
それを確認したかった・・・

読了しての感想は、やはり「名作」であった

アツい、青春モノで爽やかな読後感
圧倒的に人気があるのもうなずける

特に終盤クライマックスでの描写は
スポーツマンガの真骨頂を感じさせた

セリフ、吹き出し、無音の状態が続く
なんとも実際に試合を見ている気分にさせられた

エンディングは「ネタバレ」したくないので省くが
読み応え充分なマンガであった

連載は、あっけない感じの終わり方で
続きの物語を期待させる

続編を期待している人も多いだろう
私もその一人になった

バスケ漫画の「金字塔」と言っていいのではないか?

ボクシングなら「あしたのジョー」「はじめの一歩」(長すぎる気もするが・・・)

テニスなら「エースをねらえ!」

バスケなら「スラムダンク」

こんな感じで、後世まで語り継がれる作品であろう・・・

あきらめたら、そこで試合終了ですよ・・・

「あきらめたら、そこで試合終了ですよ・・・」

このフレーズは、主人公の高校バスケ部、安西監督のモノだ

「あきらめたら、そこで終了」

コレはどんな事にも当てはまるコトバである

私は断酒生活をしていて幸いな事に一度もスリップしていない
しかし、この病気にはスリップという失敗がつきものだ

何度も、何度も失敗して断酒が安定する
そういう仲間がほとんどではないだろうか

通院していた外来に
しょっちゅうスリップをしている仲間がいた

彼は年下なので、いつも励ましていた

「あきらめたらアカンよ!」

アルコール依存症の場合
あきらめたら、連続飲酒が始まる

「早死コース」まっしぐらだ

まさに「あきらめたら、そこで人生終了」

何度、失敗しても「あきらめない精神」で
断酒の道を突き進んで行きたいものだ!

「あきらめたら、そこで試合終了ですよ・・・」

断酒にもこのコトバは、そのまま使える!

今日も1日断酒で

いい1日を!

↓↓ありがとうございます!いつも「ポチ」って押していただきまして!↓↓
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ アルコール依存症へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ
にほんブログ村


アル中になるには才能が必要? [断酒]

3c9863bcce7ee7351fe4156217f27782_s.jpg

アル中には、誰もがなれるワケではない(笑)!

アル中になるには「才能」が必要なのである!

その才能とは、一体どのようなことであろうか?

遺伝的要因と環境的要因

すべての病気になる原因は、
遺伝的要因と環境的要因である

この2つしかない

アルコール依存症もモチロンだ!

特にアルコール依存症になるには

先天的に、アセトアルデヒト分解酵素を
2つ備えていなければならない

まれに、この酵素が1つだけの
酒に弱い人も、この病気になってしまうことがある

なので、「飲む口があれば罹患しうる病気」と呼ばれる
しかし酒に弱い人が、この病気になるのはあまり無いようだ

専門外来や自助Gで聴く体験談では
酒を飲むことに関しては「猛者」だらけだ

ものすごい酒量を聞いてると、自分なんて
まだまだ酒には弱い方だな、と感じさせられたモノだ

まあ、それだけ、元々の体質によって酒量は左右されるモノなのだ

アルコール依存症は遺伝的な病気であり
それは、医学的にはほとんど確定と言ってもいいそうだ

親がアル中なら子供もアル中になりやすい

あくまでも、「なりやすい」であって、
全員がアル中になるワケではない

そこが、この病気の複雑なところだと思う

「飲む習慣」によって形成される病気なので
親がアル中ではなくても関係が無いようだ

大量に飲酒にいたる原因は様々だろう

もともと酒が飲める人間だ

何かにつけて飲む理由を作ることは「天才的」
この飲む理由を考え出す、作るなどは
性格的な傾向なのだろう

この性格的な傾向が、酒を飲む理由を作り
「飲酒の才能に恵まれた」遺伝的な要素がプラスされて
大量飲酒が習慣になる

その結果、アル中ができあがる

そのような図式ではないだろうか?(あくまでも仮説ね)

酒を飲む、「遺伝的な才能」に恵まれていても
適度に酒を楽しむ、まさに「嗜む」人もいる

そんな人は「豊かな才能」を持っていても
嗜むことができるので、性格的には酒に
「のめりこまない」ことができる・・・

アル中は熱中しやすい
「のめりこみやすい」
そのような「才能」があるのだ

だから、アル中には仕事に熱意があり
優秀な人間が多いように思う

熱中しやすい性質(タチ)なのである

こう考えてみると、アル中になるためには
素質というか、才能がなければ、
アル中にはなれないように思う

そして、アルコール依存症に
なってしまったことに
後悔しても始まらない

「熱しやすい」性格的な傾向を利用して
逆に断酒に熱意を注げば良いだけだ

今、断酒の素晴らしさ、効能を深く感じている
これも、「アル中の才能」に恵まれた私だからだろう

酒の無い生活しか選択できないアル中

だから酒と、完全に決別する必要があるアル中

酒を、人生から「強制排除」しなければならないアル中

だから、かえって生活がスッキリするように思う

アル中になれて、かえって良かったのではないか?

近頃、そんな事を本当に感じる・・・


今日も、1日断酒で

いい1日を!

↓↓ありがとうございます!いつも「ポチ」って押していただきまして!↓↓
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ アルコール依存症へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ
にほんブログ村


絶対にスリップしない、唯一の方法! [断酒]

b04b7a8b53c4c4cacc5d12f6ef7e2519_s.jpg

AAでは「今日1日」というコトバが良く使われる

ミーティングのテーマに頻繁に取り上げられるし

初めてAAに参加したときに頂けるメダルには

「24HOUR」と記入されている

「今日1日は、飲みませんでしたね!

おめでとう!」

そのような意味が込められているのだろう・・・

今日1日は飲まない

「今日だけは、今日1日は飲まないで過ごそう!」

断酒を開始したばかりの頃は、
意識して「声に出して」

「今日は、とりあえず飲まない、で行こう!」

毎日、唱えていたものだ

断酒生活という「未知の領域」に踏み込むのだ

飲酒欲求は、手痛い「底付き」のせいか
ほとんどなかった

しかし、全く飲まない日々を過ごす

こんなことは人生で初めての経験だ
飲まない、飲めない、という生き方が
不安で不安でしかたがなかった

だから、そんな不安を吹き飛ばすために
今日だけに限定していたのだ

「とりあえず、今日は酒は止めとこ

先のこと、明日の事は知らんがな・・・」

毎日をそのやり方で過ごしていた

誰からも教わったワケではない

しかし、この方法、今から思うと
非常に有効であったと感じる

「絶対に酒を止めてヤル!」と決意してから
今まで、一滴も酒を飲んでいない

そして、現在は、「ほぼ完全な」
断酒の安定性を感じている

「ほぼ」としたのは人間、なにが起こるかは分からないからだ

しかし、飲酒欲求が来ても飲酒願望が現れても
私は全く恐れていない

対処する方法を熟知しているからだ!

「今日1日」を「今」に変える

瞬間的に起こるかも知れない、様々な欲求

しかし、もしソレが起こったとしても
カンタンに対応できるだろう

「今は、とりあえず、今は酒を止めておこうか!」

「今日」という時間を「今、この瞬間」に切り替えるのだ

そうすることで、一時的に沸き起こる
飲酒欲求をやり過ごせるだろう

いや、確実に「叩き潰せる」ハズだ!

私は飲酒欲求や飲酒願望が来ることを
待っているワケではない

しかし、「来ないかなぁ」と少し
ワクワクする気持ちがあるのも事実である

「飲まないと決める」

決めること、決意こそが
断酒のカギを握っている

このブログを書いていて
決意の重要性を、改めて感じる

「今日も、1日飲まない!

明日の事は、とりあえず分からないし

知ったこっちゃない!

今日1日だけは飲まないで行こう!」

この初心だけは、決して忘れてはならないように思う!

こう決意して1日を過ごせば、スリップすることも無いだろう

今日も1日断酒で

いい1日を!

↓↓ありがとうございます!いつも「ポチ」って押していただきまして!↓↓
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ アルコール依存症へ
にほんブログ村
にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ
にほんブログ村