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酒を飲めなくなり、自由を得た! [断酒]

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制限があるがゆえに、自由がより感じられるのかもしれない

3年前に断酒を決意し

実行しているが、これほどの自由を感じられるとは!

こんな世界は、想像すらしていなかった・・・

入院中に「降ってきた」悟り

「一生断酒しなければならない!」

入院中に、そう「悟った」
そのとき、同時に心によぎった感覚がある

「もう、飲めない・・・」という残念な気持ち

「もう、飲まなくていいんだ!」と、なんだか清清しい気分

この、2つの感情が入り混じった
なんだか妙な感覚が突然、来た・・・

一般病院に入院してるときに
ベッドの上で、今後の人生で
「絶対に酒を飲めない!」ってことが
リクツ抜きに分かったのだ

あまりにも鮮やかな感覚で
「電撃的」ともいえる感じだった

酒に対して、「全面的な敗北」
「無条件降伏」をしたような気分だった・・・

制限を受けるということ

「酒を飲めないという制限付きが
今後の生き方になるな・・・
どうしたら、その制限がかかった中で
豊かな生き方ができるのだろう?」

ベッドの上で、今後の生き方の方針を考えた

そのときに2つのアイデアがすぐにひらめいた

「専門病院へつながること」

「アル中の仲間が必要であること」

この2つが必要であることが
すぐに分かった・・・

不思議なモノだが
1回目の入院ではこの「2つのこと」に
まったく気がつかなかった

救急車で運ばれ、ヘタしたら死ぬかもしれなかったのに、だ

そのときにも「酒を止めよう!」と強く決意はした
しかし、今から思うに、その決意は100%ではなかったのだ

99%の決意だったからこそ、酒をナメていたのだと思う
自分一人で止めようと思ったし、できると信じていたのだ・・・

断酒開始当初は、とにかく「飲んでしまったらどうしよう?」
まさに、「ビビり」ながら毎日を送っていたように思う(笑)

「無意識の内に自販機の前に立っていた・・・
そんな話を聴いたことがあります・・・」

アルコール依存症専門外来での
教育系プログラムで
そんなおそろしい話を聞かされたので
「飲んでしまうのでは?」という恐怖感があった

私の場合は「飲酒する望み」は
入院中の「電撃的な悟り」で
完全になくなっていた

考えて見れば、「あの出来事」以来
飲酒欲求は完全になくなったように思う

神を信じる私は、あの「悟り」は
神様からのプレゼントだったのだと信じている

「もし、このまま飲み続けたら
お前は死ぬよ・・・」

そんな声を聴いたワケではないが
ハッキリと、そう「感じた」

断酒を開始して、飲まない毎日が続く・・・

たんたんと過ぎていく日常

飲んでたときは、「感情のジェットコースター状態が毎日」
だったが、おだやかな毎日を過ごすうちに

「これが本来の生活であり、人生だよなぁ・・・」

断酒1年が過ぎて、本当に実感したものだ

そして、断酒2年が過ぎ
3年が経過した今、飲まない生活が「当たり前」になっている

その結果、心身ともに、ほぼ完全に健康といっていい状態
そんな「豊かな実り」を得ている

3年前に、こんな世界が待っているとは
想像すらしていなかった!

「酒を飲めない」という制限があったからこそ
自由を得ているのだという逆説

「何かを失えば何かを得る」

昔から言われている言葉だが
断酒でも、この言葉が真実であることが分かる

断酒で得られる「豊穣な世界」

この実り豊かな、充実した毎日を守り続けたいものだ!

今日も1日断酒で

いい1日を!

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